伊藤聡「【雑記】なぜお笑い芸人の多くは、批評を嫌う傾向があるか」に対するライブシーンの一観客からの応答

この記事ではライブシーンの一観客の立場から伊藤聡氏のツイートやnoteに応答し、また、触発されて考えたことを述べます。

はじめに伊藤氏のnoteについて私見を述べるならば、「『お笑い批評をすると芸人から嫌われる』という大まかな雰囲気については当たっているが、記述を細かく追うと頷けない点が多くある」と思います。

私自身お笑いに詳しいわけではなく、かなり偏ったお笑いファンであるという自覚はありますが、各々が目に見える景色を語ることでお笑いについて語る土壌が拓けるのではないかと信じています。

お笑い芸人さんの多くは、批評されるのを嫌う傾向がありますよね。映画批評、文芸批評などは創作と相互補完的で、作者からもおおむね歓迎され、不可欠になっているのに、なぜお笑い批評は当事者から（ほとんど生理的な嫌悪感をともなって）拒否されるのか。理由が知りたいです。

— 伊藤聡 (@campintheair) 2021年1月9日

note.com

伊藤聡氏のnoteについて

まずは伊藤氏のnoteに応答します。

1. 媒体の非対称性
2. なぜお笑い評論は野暮なのか？
3. ネタバレ（賞レース前）問題
4. 「芸人さん同士なら批評はOK」は本当か？

引用の中はすべて伊藤氏のnoteの引用です。

媒体の非対称性

伊藤氏のツイートやnoteを読み、まっさきに「映画雑誌、文芸誌に載っている批評」と「SNSへの投稿」が同じ「批評」として扱われていることに違和感を覚えました。

映画ならフィルマークス、本ならブクログやブックメーターに投稿される一般人の感想が「映画批評」「文芸批評」として扱われることはほぼないでしょう。

映画雑誌、文芸誌の批評と比べるべきは「お笑い専門誌に載っている批評」ですが、お笑い専門誌に批評が載っているのかは寡聞にして知りません。 

また、芸人さんとお笑い関連のライターの方がSNS上で揉めていたのも見かけたことがあります。

お笑いルポライターのことかーーーーーーーーっ！！！！

例えば……それ以外の時期には映画は見ないのに、日本アカデミー賞の時期だけノミネート作品を観て点数を付け、ツイートする人は「映画関連のライターの方」でしょうか？

否。そのような様子がおかしいお客さんの流言飛語を「お笑い評論」に含めてはいけません。

残念ながら現状では演者や関係者、お笑いファンまでもが彼らのツイートを「お笑い評論」だと思ってしまっています。

伊藤氏が観測した揉め事は、SNSへの投稿を「お笑い批評」に含めることの弊害が噴出した一例であるといえるでしょう。

なぜお笑い批評は野暮なのか？

お笑い批評が野暮ったく見える理由を言語化するならば、「お笑いというエンターテインメントの最良の部分は『舞台上の振る舞いを見て笑う』ことにある」という価値観が強固だからでしょう。

実際に「お笑いというエンターテインメントの最良の部分は『舞台上の振る舞いを見て笑う』ことにある」のかどうかは分かりません。

しかし、お笑い批評を無粋で野暮ったいと感じるとき、我々は上述の価値観の枠内にいます。

お笑い批評は確かに楽しい、面白いかもしれない。ただし、その面白さは舞台上の振る舞いを見て笑う面白さとは全くの別物です。そしてお笑い批評は「舞台上の振る舞いで笑わせる」よりは面白くない＝野暮ったいのです。

これは後述する「お笑い批評＝二次創作」説にもつながります。 

ネタバレ（賞レース前）問題

私がライブで見たネタについて書くことをためらう最大の理由がこれです。

 一年に一回テレビで放映されるいくつかの賞レースには、それぞれ数か月に及ぶ予選期間があります。

準備期間は人によってまちまちですが、賞レース前に見るネタは「賞レースに持っていくネタ」かもしれないのです。

面白いネタは何度見ても面白いとはいえ、芸人を応援する気持ちが強いほど他の人（特に賞レース会場にいるお客さん）にも初見の衝撃を味わってほしいと思い、ネタの内容について詳しく書くことは控えます。

この心性とネタの一挙手一投足を詳細に分析するお笑い批評との相性は最悪です。

これは「配信の有無」にも匹敵する問題だと思います。*1

確かにその通りなのですが、ここで疑問なのは、海外ではコメディ映画もさかんに批評されていることです。コメディ映画はまさしく構造が重要なのですが、たとえばメル・ブルックス作品の構造を批評としたとして、次の映画が笑えなくなるかというと、特にそんなこともなくて、わかっていても笑ってしまう。こうした差異がなぜ起こるのか。

揚げ足を取るようですが、「海外のコメディ映画批評」と対置させるべきは「日本のコメディ映画批評」では？*2

「芸人さん同士なら批評はOK」は本当か？

そして芸人さんによるお笑い批評は、誰からも決して嫌われないし、たくさんの人が聞きたがり、聞いた人はなるほどと納得する。それは同じ専門家として信頼できるからであり、芸人さんどうしなので思いやりもあるし、あまり厳しい批評はせず、根本に愛情があるからというような理由があるからと推測されます。

賞レース当事者、ベテラン勢のお笑い批評が芸人から歓迎されているとすれば、同業者だからではなく実績があるからだと考えます。

今日、賞レースの審査員席には「実績のある芸人」が並んでいます。*3

実績のある芸人は今後も賞レースの審査員になる可能性があるため、話を聞いておいて損はないというわけです。

反対に何の実績も持たず面白いとも思われていない芸人が賞レースを見に行ってネタに点数をつけたとしても、誰からも相手にされないでしょう。

つまり、お笑い批評が芸人から拒否される理由は書き手が「素人」だからではないのです。

プレイヤーではないという理由で（「じゃあお前が笑わせてみろよ」）全てが退けられるならば、作家という職業は成り立ちません。

ライブシーンの一観客として 

ここからは伊藤氏のnoteに触発されて考えたことを述べます。

1. お笑い批評と映画批評、文芸批評の違い
2. 「お笑い批評＝二次創作」説
3. これからどうしていくのか？ 

お笑い批評と映画批評、文芸批評の違いは「二度目の鑑賞に寄与するかどうか」

お笑い批評と映画批評、文芸批評は「二度目の鑑賞に寄与するかどうか」に違いがあるのではないでしょうか。

最近では『TENET』の考察が「読む前と読んだ後では映画が全く違って見える」と話題になっていましたね。

批評家が引いた補助線によって作品をより深く鑑賞できる、というのが映画や文芸における批評の役割の一つです。

一方で、お笑いでは初見で分からない＝返りがないくだりは次に見たときには削除ないし変更されてしまっている可能性があります。*4

では、お笑いについて語る言葉はすべて無意味なのでしょうか。私はそうは思いません。

ファンの言葉、行動によって批評における「より良い鑑賞」への導き、お笑いに置き換えるなら「より笑いやすくする」ことは可能だと考えます。

一例としては「人柄（存在）を周知する」ことです。

時にラジオの書き起こし、時にファンアートによって好きな芸人について知ってもらおうとするお笑いファンの運動は、批評とは呼ばれないがクールなはたらきであると感じます。

「お笑い批評＝二次創作」説

お笑い批評に限らず、ライブレポ、ファンアート、写真を撮ることなど「舞台上の振る舞いを見て笑う」以外の行為はすべて「二次創作」であるといえます。

二次創作は決して自己目的化してはいけません。

今回の件に即していえば、「批評をしたい」という気持ちが「舞台上の振る舞いを見て笑う」よりも先にあるお笑い批評は不潔だということです。*5

また、二次創作である以上作者＝芸人からの批判を免れることはできないでしょう。

ライブレポやファンアートを拒否するか歓迎するかは芸人によって違います。

自分の応援する芸人がそのどちらなのかが分からず、ハラハラしながらもライブレポやFAを上げるという体験は多くのお笑いファンがしているのではないでしょうか。

お笑い批評だけを特別視する理由は見当たりません。

これからどうしていくのか？

この記事ではお笑い批評について考えてきましたが、私自身の関心は「お笑い批評」よりは「ライブレポ」にあります。

しかし、今まで好きな芸人の好きなところを知ってほしくてライブレポを書いたり、取り下げたりを繰り返してこなければ、伊藤氏の論に触れてもここまでお笑い批評について考えることはなかったでしょう。

好きな芸人の好きなネタについて書きたいと思ったとき、それをためらわせるものは何なのかが少し分かったような気がします（ネタバレ問題……）。

我々お笑いファンが今日からでもできることは「批評」「評論」と「悪口」「中傷」をしっかり区別すること、賞レース放送後だけ雨後の筍のように湧いてくるお笑いいっちょ噛みアカウントらや、YouTubeやTikTokのコメント欄に蔓延る悪意に満ちたコメント主らを「お笑い評論家」と揶揄するのをやめることではないでしょうか。

そして色んなジレンマと戦いながらも、好きなお笑いについて、好きな芸人について語り続けることです。

難しいけど、やっていきましょう。 

*1:コロナ禍で配信が増えたことがお笑いについて語る言葉に与えた影響には興味があります。

*2:それはさておき、個人的には賞レース後（たとえば、動画に残ってから）の構造分析が笑いを消すということはないのではという気がしています。

賞レース前に気を付けるネタバレは構造というよりも台詞や小道具の次元の話であって、会場のお客さんにまっさらな状態で笑ってほしい、という気持ちがそうさせるというか……。

あと、構造分析で笑いが消えるなら「天丼」や「ダブルボケ」などの技法は名付けられたそばから消えていくのでは……？

*3:「素人」が賞レースの投票権を剝奪された経緯については手条萌さんの評論『ゼロ年代お笑いクロニクル　おもしろさの価値、その後。 - 手条萌（from 強い気持ち・強いしらす） - BOOTH』に詳述されています。

*4:もちろん、難解なくだりをそのまま残しておく芸人もいます。

*5:言うまでもなく、「舞台上の振る舞いを見て笑う」体験には「舞台上の振る舞いを見て笑えなかった」体験も含まれます。